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いしもとクリニックの肛門外科  ―10年の歩みー

当院は2006年9月に開院し、今年で10年目を迎えます。JR阪和線の熊取駅(快速停車)から徒歩1~2分の線路沿いに位置します。肛門外科には、とくに力を入れてきましたので、10周年を迎えるにあたり、今までの診療経験をまとめてみました。

(資料1)私のプロフィールですが、勤務医時代は消化器外科(主に和歌山県立医大附属病院で勤務)が専門で、主に大腸外科の臨床と研究に携わっていましたが、同時に消化器病専門医・消化器内視鏡専門医として内視鏡検査・治療にも従事していました。クリニック開院後は勤務医時代の経験を生かしながら、新たに肛門外科に取組んできたところです。一方で、近隣住民の皆様に対する内科一般診療は、診療ウエイト全体の半分を占めます。日本抗加齢医学会認定専門医の資格は、数年前に2か月ほど猛勉強して取得したものですが、高齢化社会の到来を見越して、地域医療の中で今後最も貢献できる分野として取組んでいます。 さて、アッペ(虫垂炎)・ヘルニア(脱腸)・ヘモ(痔)といえば、大学病院では卒後間もない研修医が行う初級の手術と位置づけられていますが、開業していざ本格的に肛門外科に取組むと様相は一変し、一人前の肛門外科専門医になるには少なくとも1,000例以上の手術経験が必要と、最近痛感しているところです。

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(資料2)当院の肛門外科の特色は、次の3つです。1)手術はすべて日帰りで行い、保険診療です。過去10年間で約1,500例の肛門手術を積重ね、全国的な外科手術データベース(NCD)へ600例を登録しています。2)排便を司る肛門機能は患者様個々で異なり、また加齢とともに低下します。当院の特色は、個々のデータに基づき排便指導を行い、手術方針を決定する点にあります。3)3番目は肛門外科医の社会的責任として、大腸がんの早期発見に積極的に関与すること。泉佐野泉南(3市3町)地域は行政と医師会が一体で大腸がん検診に取組む先進的地域です。   肛門外科で先ず目指すのは、医療関係者はもとよりですが、患者様の中で日頃あまり相談もできずに一人で悩み続けておられる方々に肛門疾患をもっと身近なものとしてご理解頂き、気軽に問題解決につながる受診環境を提供することです。そこで手始めに、肛門疾患は一体どの年代層に多いのかという問題から入ります。

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(資料3)は当院3,200名の受診患者から調べたものです。その結果は、30代が24%と最も多く、次いで40代の20%、この両者で全体の44%を占めます。一般に、がんなど多く病気は加齢とともに増加するのですが、肛門疾患は30~40代の働き盛り世代に多いという特徴があることを頭に留めて下さい。日帰り手術の要望が高い所以でもあるのです。

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さらに、痔核、裂肛、痔瘻の疾患別でもう少し詳しく分析してみます。(資料4)は過去3年間の新規に当院を受診した患者で性別構成を含めて検討したものです。青が男性、赤は女性です。痔核は肛門疾患の中で最も多い疾患で、すべての年代に発生しますが、最も多いのはやはり30~40代で、しかもこの世代では女性が優位です。これは妊娠・出産で痔が悪化するためと考えられます。裂肛は女性に圧倒的に多いのが特徴で、しかも年齢は痔核よりさらに若い20~30代がピークです。一方、痔瘻は男性が優位で、年齢のピークは30~50代にあります。

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次は、実際の診療です。(資料5)は当院の大きな特色で、診察では常に “穴あきパンツ”を着用していただいて下半身の露出を最小限に抑え、患者様に安心して診察・処置や手術を受けて頂けるように心がけていることです。診察は問診、視診、指診、肛門鏡診の順で進めます。ここまではどこの施設でも同じと思いますが、患者様によって当院ではさらにS状結腸内視鏡検査、肛門内圧検査と経肛門超音波検査を初診時に行うことがあります。

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(資料6)は当院の問診票です。問診は患者様と主治医の間で行う最初のコミュニケーションで、たいへん重要です。肛門外科で問診のポイントは、1)症状が肛門由来か大腸由来かの鑑別、2)便通状態、3)肛門疾患の既往歴・手術歴、4)若い女性では妊娠・授乳の有無、5)全身疾患併存の有無、6)高齢者で抗凝固剤(血をサラサラにするくすり)服用の有無、などです。肛門疾患は痔核、裂肛、痔瘻の3つがほとんどゆえ、丁寧に問診すれば、問診だけで大抵の診断がつきます。

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問診が終わると、いよいよ診察です。ここで、当院の診察室をご紹介します。(資料7)診察室に隣接して個室の更衣室があり、ロッカー・いす・脱衣かご・スリッパを備えています。診察の前に、ここで穴あきパンツに履き替え、診察台へ上がります。

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(資料8)は診察台です。当院の診察・検査・手術はこれ1台ですべてが可能です。この診察台は平面状態から、台を上下したり、前後への傾斜したり、中央で下半身を下げるなど、自由自在に体位をつくれます。左右に補助台を付けるとさらに広い平面状態をつくることができ、大腸内視鏡検査での体位変換などが安全に行えます。肛門の診察と手術は、通常はうつむきで、股関節のところで体を少し折り曲げた状態で行います。

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(資料9)は実際の診察で、視診です。この画像の疾患は、専門医であれば視ただけで直ちに診断がつきます。但し、痔核の脱出例は視診のみでは不十分です。浣腸を行って実際に内痔核を脱出させ、脱出の程度を確認することが重要です。次に肛門内に示指を挿入して行う指診では、肛門括約筋の緊張度合、狭窄・圧痛の有無、血液付着の有無などを調べます。内痔核は触知が困難ですが、裂肛と痔瘻の瘻管は丁寧に指診を行うと診断は可能です。

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肛門管内や大腸内を実際に観察するには、肛門鏡または大腸内視鏡検査を行います。(資料10)肛門鏡はケリー型を用い、2種類の口径を使い分けます。内痔核と裂肛は肛門鏡で観察することができます。大腸内視鏡検査は全大腸とS状結腸までの2通りを使い分けます。全大腸内視鏡検査を行うには事前に経口腸管洗浄液(2リットル)の服用が必要ゆえ予約をとって後日の検査となりますが、初診時の診察で血便が確認されたときなどは、その場で浣腸を行い、先ずS状結腸までの内視鏡観察を行います。大腸がんの7割はS状結腸と直腸に発生することから、肛門外科ではとくにS状結腸までの内視鏡検査の意義は大きく、実際大腸がんの半分が見つかる状況にあります。

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(資料11)の肛門内圧検査は肛門(排便)機能を評価するための重要な指標です。関西では未だ普及していませんが、当院ではすでに1,000回以上の臨床経験をもち、全国的にもこの分野では先頭を走っています。肛門管静止圧曲線は主に内肛門括約筋の、肛門管随意収縮圧は外肛門括約筋の筋力評価の指標となります。高齢者では肛門管静止圧から低下し始めます。術前に肛門機能評価を行うことで、患者様に負担が少ない手術の選択が可能になることがあります。一方、手術例では術前と術後に肛門内圧検査を2回行い、手術侵襲に伴う肛門機能への影響を検証中です。

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経肛門超音波検査は肛門管内にプローブを挿入して肛門管周囲の病変を調べる検査です。当院では通常、先ず前壁で前立腺(膣壁)と尿道を確認して徐々に引き戻すと、内肛門括約筋は低エコーで、外肛門括約筋は高エコーで描出されます。(資料12)深部の肛門周囲膿瘍や痔瘻の局在診断に有用で、エコーガイド下に処置や手術を行うこともあります。

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痔軟膏(坐薬)は日本では数種類ありますが、その選択には1)成分 2)形状(挿入しやすさ)の2点を考慮すべきです。(資料13)成分的には、リドカインを含み鎮痛主体のもの(ボラザG軟膏(左))と、ステロイドを含み抗炎症主体のもの(強力ポステリザン軟膏(右))の2つに分かれます。一方、形状では1)先端の形状 2)挿入部の長さが選択のポイントです。ボラザG軟膏は先端に丸みがあり、強力ポステリザン軟膏は角ばっていて、挿入に優しいのは当然ボラザG軟膏です。但し、ボラザG軟膏は挿入部が少し短く、肥満でお尻の深い人は少し入れにくいと思います。裂肛などで肛門狭窄を伴う場合は、そのまま挿入すると肛門を傷つける恐れがあり、キシロカインゼリーなどの潤滑剤を使うなどのきめ細かな指導と気配りが必要です以上、今まで述べたのは、当院で実践している肛門診療の総論です。

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ここからは肛門診療の各論です。(資料14)過去10年間に、当院では毎年150例前後の手術を行ってきましたが、近年は手術件数が徐々に増加傾向にあり、2016年度も6月末時点ですでに90例を超えています。具体的に、痔核の治療から始めます。日帰りで行う痔核の切除手術は10年間で約400例行ってきました。麻酔は局所麻酔で、0.5%エピレナミン入りキシロカインを10~20ml注射するだけで大抵の手術は可能で、身体への負担は全くありません。手術中も患者様と会話しながら行うことができるのが特徴で、高齢者でも安全に施行でき、手術後は歩いてベッドへ戻り、4~5時間の術後経過観察を行います。

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(資料15)当院の手術はメス、ハサミ、針・糸など外科の基本器具だけで行う古典的手術で、レーザーメスなどの最新機器は使いませんが、安全性の向上には絶えず努めて参りました。この間に行った手術手技上の改良点は、①痔核根部の処理法 ②アルタ治療(ジオン注射)の併用 ③半閉鎖の粘膜縫合の仕方 ④外側の開放創の止血法の4点です。

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例えば、肛門左側(3時)に発生した内外痔核の切除手術です。(資料16)の中央の画像は痔核が剥離されて内肛門括約筋が露出され、痔核根部に吸収糸による刺通結紮がなされたところです。右上は剥離した痔核を外側へ引きながら内痔核へジオン注入している画像です。半閉鎖は2針程度結節縫合で行い、根部はさらに3-0絹糸で結紮して切除しますが、最後に外側の開放創は4-0吸収糸で創縁を連続縫合して止血を徹底させます。

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(資料17)左は手術終了時の拡大像で、創縁を連続縫合した糸が確認できます。日帰り手術ではここまで止血を徹底させることが重要で、右は術後3時間の手術創で、出血は全く認めません。この“いしもとクリニック式止血法”を導入して約4年ですが、術後出血などの重篤な合併症はゼロです。 

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(資料18)この症例では4か所の痔核切除術を行いましたが、切除個数が増えても、やることは同じです。術後3日目には仕事に復帰できました。但し、切除箇所が増えると術後に肛門機能に障害を来さないかが問題となります。ここでは、術前と術後45日で行った肛門内圧検査を示しています。術後の肛門管静止圧曲線と随意収縮圧曲線は術前のカーブが再現され、肛門管最大静止圧はいずれも90mmHgと変わらず、肛門機能は術後も正常に維持されていることを示しています。単に病変の切除のみで終わるのではなく、術後の肛門機能評価を加えることで、一層安心して手術を受けて頂けるようになります。

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(資料19)は肛門前壁に発生した複雑痔瘻です。左の肉眼写真で矢印2か所に二次口が確認できます。肛門内超音波検査を行うと、尿道の右側にさらに瘻管が1本描出され、左側には膿瘍腔が見え、術前診断がより詳細に行えます。Seton手術で3か所にドレナージゴムを設置しました。ゴムは、術後徐々に締めながら短縮してゆきますが、この症例では3本すべてが抜けるまで10か月を要しました。一般に、痔瘻の手術における最大の問題点は術後に便もれや便が出にくいなどの後遺症を残すことがしばしばで、それゆえ術後の肛門機能が術前に比し低下していないか否かを評価することが痔核手術以上に重要となります。

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(資料20)は左が術前、右は術後10か月で行った肛門内圧検査です。本例では術後の肛門管静止圧、肛門管随意収縮圧曲線はともに術前と変わらず、術後も機能低下は全く認めません。すでに3年が経過しましたが、再発なく、排便機能障害も全くなく、順調に経過中です。もう1つの問題は、術前に行う肛門機能検査がいかにして治療と関係づけられるのかという点です。

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(資料21)は出産後に痔が脱出するようになったと来院された、40代の女性です。浣腸すると4cmの脱出が見られましたが、しかしこれは痔核ではなく直腸脱です。高齢者の直腸脱は必ず肛門機能低下を伴いますが、本例では肛門管最大静止圧が44mmHg、肛門管最大随意収縮圧は113mmHgと肛門機能は正常域にありました。子どもがまだ小さく入院治療は困難とのことで、成功しないかも知れないと念を押しご本人の了解を得た上で、アルタ治療(ジオン注射)を外来で試みました。右図は、ジオン20mlを6か所に分けて壁内へ注入しているところです。すると、術後間もなく直腸脱は完全に消失しました。治療後2年6か月が経過した現在、再発は全くなく、排便もスムーズで快調と大変喜んで頂いている貴重な1例です。既成の治療概念に従えば、入院して全身麻酔手術の適応となるところでしたが、肛門機能を術前に適切に評価することで、外来での低侵襲手術が成功できたのです。新しい治療法の開発は何も大学病院に限るものではなく、日頃地域医療に携わる開業医でも、真摯に取組み続ければ、独創的な仕事につながると信じています。

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(資料22)は、裂肛の手術です。これは従来の通り、裂肛切除と肛門粘膜と皮膚縫合を行った後に皮膚弁移動術を行っています。

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一方、(資料23)これは毛巣洞という疾患で、背中の仙骨下部の皮下に瘻孔を来す疾患です。手術では、瘻管を完全切除することが、再発予防のために重要です。局所麻酔下に先ず瘻管内に挿入したゾンデをガイドに剥離を進めます。中央部でトンネリングができたら手術はヤマ場を超え、後は切除して、死腔をつくらないようにマットレスで縫合して閉創します。右下は術後8か月で受診したときの画像で、再発は全く認めません。一般には7日間程度の入院で行われる手術ですが、十分な経験と技術をもつ専門医にかかれば、このように手術も日帰りで安全・確実に行うことが可能となります。

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(資料24)最後に肛門括約筋損傷の診断と治療についてお話します。この疾患もご婦人の分娩時に発生します。出産後に急にお尻が閉められなくなった、便もれがある、などで受診されます。肛門内超音波を行うと、肛門前壁に黄色の矢印で示す不整な低エコー(黒っぽい部分)が描出され、これが外肛門括約筋の断裂部です。術前の肛門管最大随意収縮圧が左に示す通りで19mmHgと著しい低下を見ます。この症例には、肛門括約筋の再建手術を施行しました。術後2か月で行った肛門内圧検査の結果は右に示す通りで、最大随意収縮圧は50mmHgへ著明な改善を示し、自覚症状も明らかな改善を得ることができました。この症例では、術前の肛門内超音波検査と肛門内圧検査による病態診断が的確な手術治療へと導いたという点を強調したいと思います。

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以上、最近10年間に当院で行ってきた肛門外科のエッセンスをお示しさせて頂きました。この原稿をお読み下さった皆様方に最もご理解頂きたい点は、当院の肛門診療は単に痔を切るだけの肛門外科ではなくて、排便など肛門の生理機能の維持・向上を前提にした肛門外科学であるということです。ここを強調して、稿を終えます。

平成28年7月   石本喜和男

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